編集後記:ヘタっててかたじけない(1999年6月分)。
*コサックみたいな帽子がお似合いで・・*
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5月の編集後記を読む
6月30日
昨日の雨はかなり激しかった。広島では多くの被害があったようで、ニュースの映像には痛ましいものがあった。西田さんの故郷である福山はそれほどでもなかったようだが。
昨日は仕事が早めに終われたので、帰りにタワレコと本屋に寄る。タワレコでは「ひみつの花園」のサントラが再入荷していて、2枚目を買ってしまう。まあ持ってて悪いことはないかな、と思ったわけだ。ちなみに今日は朝日美穂のアルバムが入荷するので、また行かねば。(SPEEDの仁絵ちゃんのソロも出るらしいが、聴ける代物なのか?微妙である。)なお、朝日美穂はフリーペーパーでも小特集が載っていた。
本屋ではアスペクトから出ている「あの馬は今?ガイド1999〜2000)を買う。表紙とトップ特集がエアグルーヴだったからだ。帰宅してから早速ブックカバーを着せる周到さには、我ながら感心する。ペイパーバックなのに・・・。
帰宅後、それを読みつつ「GTOスペシャル」を観る。まあ相変わらずの熱い内容だったが、鬼塚の「テメエの奇跡はお前にしか起こせないんだよ!」(←こんなんだったっけ?)って科白にはうなづけるものが有った、というかすこし同感。僕も全然違う局面で同じような事を最近思っただけに、である。ともかく手始めにいくつか起こしてみますか!?
もう早いもので明日から7月。どうりで中高生の白い夏服がしっくり来るように映るわけだ。
6月29日
外は激しい雨。IT'S JUST 梅雨!って感じで、少し外を歩いただけで足許がズブズブに濡れるのだけは、どうにかしてほしいと思う(誰に、だ?)。バイトが非番なので、時間に余裕があることもあって現像の引き取り+依託販売で預けていて期限切れになったテレカの引き取りをするために茶屋町経由で事務所の有る淀屋橋まで行ったが、靴下まで侵みこんできた雨水でかなり足許が辛かった。真夏と梅雨だけは苦手だと、つくづく思う。(寒すぎるのも苦手かも・・・だがまだマシだ)
ちなみに昨日は友人と音楽の話をしていたのだが、気付けばあっというまに小一時間ほど経っていた。好きな事を話していたり、聞いていたりするとあっという間に時間が過ぎてしまうのは、今さらながら不思議だと思う。
それはともかく・・・とにかくこの梅雨、とっとと明けてくれ〜っ!
6月28日
2日連続でハードな休暇の過ごし方をしていたので、未だ疲れが残っている。が、仕事めいたことをしなければ、というわけで9時起床。昨日の現像を今朝の行きしなに出すためにJR大阪経由で事務所に行くつもりだったが、だるかったので東西線経由でそのまま向かう。帰りに寄って、明くる朝取りに行こう。
ちなみに関係ないが、行きに駅売店で、今日発売の「週刊ゼッケン」に大学の1年先輩に当たる奥野史子さんが載るので買おうと思ったがなんと表紙もでっかく奥野さんだったのでさすがに照れが入って、気が引いてしまった。またバイトの帰りにでも買おう。
6月27日
昨日は徹夜だったので、体がも〜くたくたであった。で、午前7時!に帰ってきてから、携帯も切ってひたすら12時まで眠る。起床してからシャワーを浴び、dober君に連絡してから阪神競馬場へ自転車で向かう。幸い、雨はほぼ止んでいたので何よりである。(今朝の5時、三ノ宮のクラブを出たときはじゃじゃ降りだったが・・)ただ流石にベタ曇りだったので高速シャッターは望むべくもなかった。そして案の定メインレースでは勝ち馬の追従に失敗した様子。ただ口取りはマシに撮れた感じだったのでそれが何より救いか。ちなみにカメラの電池が途中で切れかけ、かなり焦った。
帰宅してからまた1時間半程眠り、「さんまのからくりTV」の合間に流れている「伊藤園・充実野菜」の村治佳織のCMを録画したりして、TV観賞をボ〜ッと楽しみつつ時を過ごす。12時半就寝。
6月26日
土曜の晩は、バイト先のパートの方々と若手の職員さんとで飲み会をやるので、それに行く予定だったが、M君が主催でコンパをやることになり、旧友も来るというので急遽そちらに回ることに。総勢15人程の大所帯となったが、よき先輩達とも会えて実によかったと思う。
ただ、一次会(小料理屋風の居酒屋)、二次会(カラオケバー)、三次会(クラブ)と全部付き合ったので、終わったのは朝の五時だった(まあ途中で電車がなくなったというのもあるが...)徹夜は久しぶりだったので、ちょっと体的にツラい。が楽しかったので、それが何よりかなあ〜ということにしよう。(あ、井上さんありがとうございます。早くNET始めてくださいね)
6月25日
豪雨である。がサーバの設定等でやらなければならないことが残っているので、事務所に行かねばならない。とりあえずバイク用の雨ガッパを着込み、マウンテンバイク(かなりガタがきている)で駅まで出かける。
大阪に着いてから、地下街でフィルム(週末用)や制汗スプレー、CD用の乾電池(←充電池で充分なのだが、聴いている音楽がいきなり電池切れで聴けなくなるのはシャクなので、たいてい予備で持っている)を買う。
あとは週末降る、と予報で言っている雨が小降りかそれ以下であることを祈るのみである。
ちなみに起床後すぐ、goki君よりTEL。「とっくに立ち直ったと思っていたのになぜここ2、3日ブルーだったのか、自分でもわからない」との由。ともかく復活したようだ。ちなみに、前述の質問には「いままで暗闇だったのが、急にまぶしい光が差してきたときに物の輪郭がわからなかったりするのと同じじゃないかな〜」と答えた。
あと、やっぱりうれしくて頑張りすぎてたのかなあ、奴も。熱い男だからねえお互い・・・。でも、その熱さを持ちながら穏やかなこころでいることはできるはずと、思っていたりする僕だった。
そうそう、あと書き忘れていたことが一つ。村下孝蔵が亡くなったことを今朝の新聞で知る。結構ショックだった。(ショック度はナリタブライアン以上、サイレンススズカ以下って感じかな?僕にとっては。)ともかく美しい歌をつくり、唄う人が一人逝った。とりあえず御冥福を祈る。
6月24日
昨日は事務所を早めに出て、「ワンダフルライフ」の最終回上映を観に行く。上映時間に間に合うように行ったのに、予告編がひたすら20分程有ったのにはさすがに面喰らったが、映画が始まってからはゆったりした感じで観ることができたので良かった。是枝監督の作品は間が長めに取ってあるのがテレビのリズムに慣れている僕を調子狂わせる面はあるものの、全体に流れる優しい雰囲気や、美術へのこだわり様とかが好きである。(竹中直人の監督作品とかもすごかったな、美術とか小道具へのこだわりが。まあ観たのは「119」だけだが・・)上映後ポスターとかポストカードやらを買い過ぎて、計2000円ほど飛んだのがなんだかなあ、と自分で思うが。
観終わって駅に着いた頃、M君から久しぶりにTEL。貸しっぱなしになっているCDのことなど、いろいろ話す。今朝も編集後記(ここ)を読んで「もう大丈夫なのか?」と心配のTELをしてくれた。が、心配御無用。もう大丈夫よ〜ん!(←何じゃそれ)
それよりも、goki君がここ何日か再ブルーなので、気掛かりである。どうも彼は、「自然にやる」というか「やりたいようにやる」というのがどういうことなのか、自分で掴めていないような気がする。
まあそもそも、僕らの世代には「やりたいように何かをやる」ということが許されずに大人になった人々が多いような気がする。偏差値とか、内申書に代表されるような教育のありようなどに代表されるように、と言ってしまえばそれまでだが・・・。
(手前ミソな話で悪いが)僕の母は子供たちに絵を教えているのだが、その母がよく言っている言葉があって、それは「芸術には『こうしなきゃいけない』というのは何も無い」というものである。木の幹は茶色でなくても、雲は白く無くてもいいんだ、好きな色で思ったように表現すればいい、それが何よりだ・・・そういうわけである。それが何より基本で、「より伝えやすい表現のためのテクニック、もろもろ」とかについて論じたりするのはその後でいいのではないだろうか?まあ別に論じなくてもいいとも思うが・・・。
「とにかく迷ったときは何かを思った通りにやれば、自分の中にあるいろいろなやさしさとかも自ずと相手に伝わるんじゃないかなあ。自信持っていいよ。」goki君へのことばである。
6月23日
バイトが休みなこともあり、ほぼ1日事務所である。が、今日は行きにジーンズのスペアを買いにHEPの裏手にある店へ立ち寄る。そこでどんなラインのものが似合うかいろいろ試したが、結局LEVISの501に落ちつく。意外だが、501は1度も穿いたことがなかったのだ。「灯台許暗し」とはこのことか?「さすが定番ですね」と店員の方と二人して頷いていた。ちなみに今穿いているのがLeeの101Bなので、連続して定番続きである。
なお話は替わるが、昨日、"友人@性格がちょっとkariho君"から、「ビデオでムービーの撮影がしてみたいのだが・・編集もひとりでやってみたいがどうするのが早道か?」と相談を受ける。最初編集の技術的なことをきいているのかと思ったが、どうも何か表現してみたいらしい。で、その意図が解ってからはインスピレーションとか表現について、僕が経験からわかることを話していた。「いまは○○が表現してみたい、みたいな想いは特に無いけれど、やってみようと思う」との由なので、手段こそ違え、同じ表現者のはしくれである僕としても楽しみにしたいと思う。
6月22日
ムーンリット・ページ、西田尚美インデックスの両方がそれぞれ3000、2000アクセスを突破。御愛顧ありがとうございます。
で、行きしなの電車で、中年のサラリーマンが就職活動について話していた。「試験はみんないい成績なんだけれど、作文で大体落とされるんだよね〜。どういうことを書くかってのが難しい」と言うような内容だった。(註:個人的な意見だが、この手の作文とか小論文ってのは言っているテーマ・中身がよくても論法やモチーフが採点者の気に入ったもので無いと落とされるような気がする。どうだろうか?)聞いていると大学4回のとき申し訳程度だがやっていた自分の就職活動のことを思い出す。・・・まあ、今から思えば、他人の反応を探りながら一番喜ぶような答えを口にする、なんてがらじゃないし何だかしたくもないし向いてもいないことをしてたんだなあ〜と思うわけだが・・・たくさんの中からより優秀な人材を採用したいという企業の気持ちもよくわかるのだが、こういった就職活動ってのはそれから大きく逸脱している(というか、かなり的外れなことをしている)ということにどうして何十年も気づけずいるのか?日本の大企業ってやつは・・・。今となっては我が身に関係ない話とはいえ、はやくその点に気付いてほしいとちょっと願ってしまう。
それはともかくとして、朝出かけるついでに、昨日出した現像を引き取りに行く。写真の出来は予想通りまずまずだったが、直線抜け出したときのスエヒロコマンダーのシャープネスがいまいち。多分柵に脚を掛けて撮ったのがいけなかったか?次回はちょっとした台(イスなど)を持って高さを20cmほど稼ぎたいところである。
まあ久々だったこともあるので、これから良くなると信じてやってゆこう。
6月21日
朝8時頃起床。また「すずらん」で目が醒める。主人公が出産していた。ちなみに横にいた善良そうな男が父親役のようだが・・・筋がまるでわからない。
ともかく用意を済ませて10時過ぎに家を出て、事務所に向かう。途中ラボに昨日の現像を出す。発走地点で撮ったステイゴールドの仕上がりが楽しみである。ちなみに昨日はレース中メンコを外していたので、引き上げ時に撮った別のカットでは素顔のステイが写っているはず。これも楽しみだ。
6月20日
朝8時前にDober君からTELで要請があって、早速阪神競馬場に自転車で出かけ8時40分頃着くも、8時半に早々入場規制が掛かった様子で、結局後方からのんびり入場。(Dober君済まぬ。)
で、好天に恵まれたこともあってお目当ての鳴尾記念はまずまずの撮影ができたと思う(と思う、とあるのはまだポジが上がってないので。)。ただ、競馬場の大勢の観客のなかで間を縫って撮影するのはなにかと大変である。注意をしていてもレンズを振ったときに横の人の頭にポカッ、なんてのはざらである。昨日も面識のある方にそれをやってしまい、その方が僕と気付かれなかった御様子で、「気を付けてくださいねっ!」とかなり御機嫌ななめであった。とりあえず「すみませんでした」と言ってその場を後にしたが・・・。ほかにもコースの中で撮影しているプレスが邪魔だ、などという話もよく聞かれる。ただこれもそのカメラマンの観衆に対する配慮うんぬんというよりも、競馬場やテレビ局のスタッフなどもろもろの人々が不用意な動きをするので、それをフレームに入れないためにやむを得ず立ってしまい、結果観衆の視界を遮る結果になっていることが多い、という話を写真の先輩の方と話していた。
責任逃れのように聞こえるかも知れないが、大勢の観衆とスタッフの間を縫うという極限の状況で撮影している中では、特定の誰かが悪いと言うことは言ってはいけないのかも知れない。むしろその流れの中でどう配慮するかの方が大切なのではないか?と思うがいかがなものだろうか。
6月19日
NOKIAはおかげさまで、絶好調。昨夜新調したときのためにと用意していたSnowy(絵本「タンタンの大冒険」で主人公タンタンが連れている愛犬)のキーホルダーから流用のマスコットも装着し、ごきげんである。ちなみに着メロは「ウィリアム・テル」になっている。(最初「トッカータとフーガ」にしようとしたが、暗すぎてやめた)充電アダプタに挿しにくいのが難点だが、それ以外は問題なく使えている。
ちなみに今日は夕刻からバイトがあるが、それまではのんびりする予定。明日は鳴尾記念の撮影に行くつもりだが、天気が持つかなあ〜。
6月18日
バイトの給料が入ったので、前々から予定していたケータイの機種変更を、早速してしまう。(goki君、一緒に変更するとか言ってたのに、すまぬ。)機種はエグイデザインと決して使いやすくない低機能で悪評高い? 仏ノキア社製のDP154-EXである。色は最初よりエグイオレンジにしようと思っていたのだが、我が家のスタイリストである妹の意見で、カーキグリーンにした。(まあこちらのほうが使ってるイメージが湧いた、というのもある)
で、機種変更するためには手続きが必要だったりするのだが、これがメモリ書き換えなどいろいろあってややこしく、買い替え初体験の僕は少々面喰らった。だがこれであのエグイNOKIAが使えるようになるなら、と思いガマン。
その甲斐あって?今腰には通称「いきなべると」というストラップで、中村主水の十手みたくNOKIAがぶらさがっている。で、その様から勝手に「モンドノスケ」と携帯に愛称まで付けてしまった僕だった。「重いし使いにくい」と言う巷の意見らしいが、意外に薄っぺらいしそれほどでもない印象である。
あとネタ的には、昨日久しぶりにCDを購入。佐藤康恵とSWINGING POPSICLEのニューシングルである。どちらもまずまずだったが、疲れてるときにはガールポップとつくづく思う月友だった。(しかしSWINGING POPSICLEって、落ちついたというか、しっかりしたサウンドになったなあ。前はハイトーンボイスがまるで谷村有美みたいだったのに・・)
6月17日
シンザン、という馬に3回ほど会ったことがある。連対率100%を誇り、日本で2度目の三冠馬になり種牡馬として成功しただけでなく、36歳(数え年)まで生き、日本のサラブレッド長寿記録を更新したことは競馬ファンなら誰でも知っていると思う。僕がこの馬に最後に会ったのは1995年(亡くなる前年)の11月だったが、その時馬手の斎藤さんに引かれて出てきたシンザンは観に来た僕たちにまるで「いいんだよ、それでいいんだよ」と許すような、受け入れるような何ともいえない表情をしてくれたのを今でも憶えている。ただ、僕はその表情の意味が完全には解っていなかった。
話は少しずれるが、高校の頃からの僕の友人にMというのがいる。彼はすこし突拍子もない面もあるが(友人になるきっかけも、彼のほうからいきなり「おお!」って感じでやってきたのだった)実に情の深い面倒見のいい、かつ何かをこなしてゆくパワーを物凄く持っている男である。何が物凄いかというと、学生時代から好きなバイク・カーレースをするために何百万と言う借金を抱えることを厭わずに、当然のように昼夜バイトに明け暮れていたほどである。もちろん恋愛においてもそのパワフルさは遺憾なく発揮され、物心ついてから一度も女を切らしたことがないばかりか、愛している女性(彼氏がいる)の心を自ずと引き寄せたり一度別れてしまった女性とあっさり縁りを戻したりと、それは凄い!の一言なのだが、何故その様なことを可能としてゆけるのかは、「こいつは凡人と違ってパワフルだから、だろう」と言う程度にしか思っていなかった。
ここで二つの話をつなげるが、ではなぜシンザンやMは、あのような表情を見せたり、信じられないようなこと(三冠の偉業や、あるいは人の心を自ずと寄せたり・・)をやってのけたりできたのだろうか?と考えていた。人の心を受け入れたり、引き寄せたり出来る力は、大きく言えば「愛」といえるだろう。ただそれには少し語弊がある。その様な力は愛がもたらした結果でしかないと思う。その力を産み出したちから・・それこそが愛ではないだろうか?
「ならばそのチカラの中身は何だろう」僕は自問自答してみた。「それは...」シンザンの許してくれるような、あの姿が浮かぶ。彼は人を信じ、心を通わせつづけることによっていろいろな偉業を成し遂げることができたのではないだろうか。決して肉体的に恵まれたという事実だけでは可能にはならなかったはずだ!感じたのだ、そう「人を信じ、心を通わせつづけること。」これこそが愛の中身だと。
ただ誰とでも恋人同士になれるわけではないように、人を信じ心を通わせつづけるよう努めることは誰に対しても出来るけれど、本当にそこに心が通うかどうかはわからない。まあ「奇跡」なんだろうしねえ。本当の親友になれることも、愛しあうことも・・・だからいいんじゃない、と思うと凄く楽になれた。シンザン、M君、ありがとう、ありがとう。ちょっと泣けてきたぜ。
6月16日
昨日の午後、またもブルーな気持ちが襲ってきて、「なぜ?」とか思う。自分に対しての自信もあるし、問題は無いはずなのだが・・・ぼんやり考えているうちに「今度希望が裏切られるようなことがあったら、もう立ち上がれないんじゃないか?」という不安と「裏切られる」ことによって生じるであろう何とも言えない孤独感に対しての恐怖に震えている自分を、心の内に見つける。(昔、といっても大昔、僕が幼稚園のころ、誕生日に近い日に幼稚園でケーキをもらってきて、てっきりお祝いをしてくれるものと思っていたのに、母親からひどく怒られたことがある。あとは高校の頃好きだった旧友に「もう何もしてこないで」と電話口で告げられて、それきりになったときのような・・・ここでいっている「孤独感」とは、まあそんなときに感じるものである)それは、底知れない闇のようにも感じられた。「怖いよ〜、誰か助けて!」と思ったとき、幾人もの友人や級友の顔が浮かんで、ほっとする。
晩に友人と電話したとき、「そういう闇を感じることは、良くあることだ」と彼は言って、また「『乗り越えられない悲しみはない』、と書いていた人がいたっけなあ」と続けた。ホントにそうなのかはわからない(そう信じたいが。)がともかく、誰の心にも闇みたいなものはあって、それを無理に消し去ろうとするよりも闇のなかで震えているもう一人の自分に、「怖いんだね、よしよし」といって慰めてあげられる度量を持てたらいいかな?と思った。
またもやヘヴィな話になってしまったが、先日の痛々しいほど懸命なセールスの人といい、みんな自分のなかに不安を抱えていて、多くの人がそれと向き合う術を知らないか、探していたりするんだ、って気がする。まあそういう意味では僕も凡人なのかなあ?なんて思ったりする今日この頃である。
6月15日
昨日、仕事中にコーヒー豆のセールスが来て、すぐ帰ってもらおうと思ったのだが、相手が見るからに新米で一生懸命だったのでなんだか可哀想になってきて、試飲だけさせてもらったが息が詰まって却って疲れる。「そんなに一生懸命にしなくてもいいから、ゆったり構えたほうがお客さんも安心するのに・・」と思ったが言えなかった。友人にも営業がいるし、苦労が多少なりとも分かるだけに辛い。
でもそんなひたむきさは、みんな「もっとやらなきゃ!」って感じで不安が大きいから、その裏返しなんだろうと思う。たとえば好きな人が出来たとして、「その人に対してはっきり気持ちを伝えなきゃいけないのかな?」とか誰でも思うだろうが実際はそういうわけでもないように、誰かを真に思いやるような気持ちは、「そこにあればいずれは伝わる」のではないだろうか?それが「自分のため」とか「誰かのため」とかを超えて、「ただ幸せであってほしい」という境地に達したら、の条件付きだが...。
で、朝から映画"SISTER ACT2"(邦題「天使にラヴ・ソングを2」)のサントラに入っているアレサ・フランクリンの"DEEPER LOVE"をくり返し聴いている。この人はとにかく声がパワフル。かつ上手い。ピッチが殆ど狂わない。音域がムチャクチャ広い。そしてなんと言ってもソウルが伝わってくる。世界一のシンガーといっても言い過ぎではない。彼女に較べればHikki(宇多田ヒカル)もまだまだヒヨッコである。(ファンには悪いが)
まあ絶賛しまくったわけだが、なぜか僕は彼女の歌を聴いているとエアグルーヴの走りを思い出す。エアグルーヴの馬主は小室系をイメージした、と写真集に寄せたコメントに書いていたが、命名した馬主の息子はこちらをイメージしたのでは?とさえ思う。(「エアローリン(ローリン・ヒルにあやかり?)」とか「エアタフゴング(「タフゴング」はボブ・マーリィのレーベル)」とかいるくらいの音楽好きみたいだし。)ともかく、アレサの歌声はグルーヴの大地を揺るがすような圧倒的な走りと重なるところが、僕には大きいのだ。
♪"Pride&Deeper love,
It's a power that live to a strength to survive..♪("DEEPER LOVE"歌詞はヒアリングなので細部が怪しいが..)
ちなみに関係ないが、行きの電車で"AKIRA"に出て来るケイ(ワイルドな女。金田の相手役)に似た女性を見かける。カッコイイ!(なんのこっちゃ)
6月14日
今日は大塚寧々の誕生日である(また本文とは関係ないが)。
安田記念は早めに抜け出した7番グラスワンダーを、外からマークしていた12番エアジハードが差し切る。これは、同一馬主のエアグルーヴが優勝した天皇賞・秋と全く同じ展開。どうして気付かなかったんだろう?ちなみにグラス-キングの馬連しか買ってなかったので、勿論外している。ただ買う前に一瞬外から来るエアジハードが脳裏をかすめていただけに、ちょっと悔やまれる。
そしてル・マンの方はゲルハルト・ベルガー率いるBMWチームが優勝。(しかしこれが初優勝とは意外。)本命視されていたトヨタは片山右京・土屋「ドリキン」圭市・鈴木利男の日本人ドライバーの3号車が2周差で2位だった。まあ、どちらも本命が2位だったわけだが、僕が強く思ったのは後者については「このままでも表彰台には立てるし、厳しいかも知れないけど、優勝するつもりで攻める」と言ったドライバー達の言葉と、それを示すかのように終盤で鈴木が叩き出した3分35秒というコースレコードラップ、そして最後に彼らが見せた充実感あふれる表情についての感銘だった。外国人ドライバーで固められた1号車、2号車に比べてあまり力を入れていなかったという(シャーシは去年のモデルの流用だった、という噂もある)3号車は、序盤こそ良くなかったが、そんなことを言い訳にもせずここまで押し上げた人々の意志の力には、つくづく感心させられる。
そして、前者の安田記念については、「あのグラスワンダー(絶好調)でも負けるのか・・」という意味で「競馬に絶対はない」という思いを再確認したのと、エアジハードの素晴らしい延び脚+勝負根性に感銘を受けたことだ。・・・しかし僕の馬券の話に戻り恐縮だが、どうしてエアジハードの差し込んで来るイメージにもっと素直になれなかったのか?たぶんそれはグラス-キングが絶対だと思ってたそのときの僕には「マイナス」のイメージで、そんなマイナスのイメージは振払わなければいけない、と思い過ぎたことが原因では?と今は思う。多分マイナスのイメージと言うのはやみくもに振払おうとするのはかえって逆効果で、むしろマイナスのイメージと向き合うことをマイナスと考えずに正面から向き合って、「マイナスのなかに潜むプラスの要素をみいだしてやろう」と言うくらいの気持ちで(ただし力まずに)臨むのが大切ではないか・・そう思うわけである。(←要はピンときたら少しは買っとけ、ってことだね。)
6月13日
家に帰ってきてから、ひたすら2時30分過ぎまでル・マンを観ていたので、眠い。
マツダが優勝した、91年から年中行事みたいになってしまっている。まあ観ていて楽しいので良いが。
で、10時30分頃までうとうとしていたら、競馬の連れの人と、kariho君から電話。kariho君はキングヘイローの馬券を買ってきて欲しいとの由。たぶんグラスに斬って捨てられるのがオチだと思うが..善戦に期待である。
とりあえず朝食後、彼から頼まれていたパンダ柄のシーズ犬のgifアイコンの制作を行う。これから仁川に馬券を買いに行く予定だが、一日finedayであれ、と願う。(←チャリが足なので、雨が降ると痛い。)
6月12日
昨日はバイトが非番だったので、一日中事務所にいた。ただこんな日の楽しみ?である、「息抜きにお茶」の外出をしなかったので、ちょっと物足りない。(まあ自販機でサイダーは買ったが)
ともかく、精神的にはほぼ復活したので一安心である。
ただそれはよいのだが、今朝kariho君より「カウンターが飛んでいる」との連絡。残っている最終カウントに直すつもりなのでしばしお待ちを。
6月11日
精神的に復活したはずなのだが、またも不安。晩にgoki君と電話中に彼が言ったのが「一応乗り切って還って来れたんだし、そのあとに出された宿題みたいな気持ちで臨めば?」と言う言葉。つまり、乗り切るだけの力はあるんだから、怖くはないんじゃないか?ということだった。「いままでの人生で、望んだようになった実感がない、それが不安かなあ」と僕が言ったもうひとつの言葉には「それならこれからは望んだようになってゆく、と思えばいいんじゃないか?まだまだ君にも出し切れてない力はあるはずだから」と返してくれた。(彼も会社を辞めることを決めたばかりで大変なはずなのだが、こうやって僕の話に付き合ってくれるのは有り難い・・かたじけないぜ。)
・・・確かにそう思うとかなり楽である。きっとその力がある、と信じよう。例えるなら、5年前のエプソムダービーで、最後のコーナーである「タッテナム・コーナー」を絶望的な位置で回りながら、ゴール前で驚異的なスパートを見せて差し切ったエルハーブのように、或いは去年のエリザベス女王杯で道中引っ掛かりながらもランフォザドリーム、エアグルーヴを寄せつけなかったメジロドーベルのように。
♪大きな曲り角を曲がったなら走り出そう/戸惑うことはもう止めて/その先に何が/あるのかはわからないけど/そう/強くあるために♪("There Will BE Love There〜愛のある場所"ブリリアントグリーン)
6月10日
今日は松たか子と、ナリタタイシン(種馬)の誕生日である。
それとは全く関係ないが、一昨日ふっきれたと思われていた不安が昨日の昼間込み上げてきていた。ただ「幸せになりたい」ような気持ちはあるのだが、「自分にできるのだろうか?」というようなたぐいのものである。「やれ、困ったな」と思った時、不意に一昨年の暮れに高校時代の友人たちと久しぶりに飲んだときのことを思い出した。
友人のひとりが当時のヘタっている僕を見て、「いまお前はいろいろ有って自信なくしてるみたいだけれど、高校のとき思うままやってるお前を見て、『いいなあ・・オレも思うようにやれれば』って、励まされたんだぞ」と言ってくれたことが有ったのを。
それをふと思い出して、「僕にも誰かを勇気づけたりする力はあるんだな〜」と自信を取り戻したのである。「ぼくなりのやり方で、人のことを思いながら自分もうれしい気持ちになれる」、と。・・・約10年ぶりに、見失っていた自分に還ってこれた気分がする。
その後のその日の時間は、実に心地よかった。人に佳くできる自分も、まんざらではない。
とりあえずは、「ただいま」を言いたい。そんな気分だ。
後刻、友人にこの話を素で話せたことも僕にとって嬉しかった。ただ話し終わったあとに、、こちらの迷っていた本意を知ってか知らずか、「そのうちまた落ち込んだりして・・」と呟いたその友人。こいつ、kariho君
みたいな奴だな〜。
6月9日
バイト中に物を落としてあたふたしているのを見られ、「なんからしくないね。悩みでもあるんじゃない?」とパートの人に言われる。図星である。変な胸騒ぎが止まらないのだ。まあ大分収まったとは思っていたのだが・・女の勘というのは凄い。
で、バイトの休憩時間に携帯をみると、「チャクシンアリ」になっていたのでその主であるgoki君とまたまた電話で話す。ただ休憩時間だったのでそのときは世間話程度にして、帰宅してからまた掛けなおし話していた。
結果、1時間近く話していたわけだが、ぼくの最近のぼんやりした不安について、彼は「例えば胸騒ぎがしたりするのも不安の裏返しだろう?不安に思うくらいなら、自分がどういう気持ちでいたいか心に聞いてみれば?だろう?」とその中で言った。そのとき、「ああ、僕はしあわせになりたいんだな」と素直に思えたのである。そして、僕にとって何が幸せなのかな・・とぼんやり想いを移すと、考える間もなく溢れてくる。ここ何日か話題にし続けていた「イメージする」とはこういうことなんだ、とその時わかった。
まあ、とはいえ完全に不安を振り切れたわけではないし、そもそもしあわせというのも個々にとって違う漠然としたものだと思う。でも、だからこそ素直になって、気持ちに聞いてみるようにできればいいと思うのだ。ともかくここ最近のみならず、10年来抱えてきた不安が一気に解けた思いである。
goki君、ありがとう。そしてまた、たくさんのみんなに、
「ありがとう」。
6月8日
goki君よりTEL。最近の僕が抱えている「ぼんやりした不安」について気をかけてくれているようで、ありがたい限りだ。
電話の内容としては、「いままで欲しいと思っていたリトラクタブル・ヘッドライト(ライトが目のように開閉するやつ)の中古車を、懇意になっているディーラーが探してくれることになった」とのこと。今まではっきりとしたアクションは起こしておらず、ぼんやりと思い描いていたくらいだったにもかかわらず・・ということらしい。どうやらずっと以前に家人にもらしたのがディーラーさんに口づてに伝わったのが直接の発端だったようだが、思い続けていれば叶うものなのかなあ〜、とふたりで話していた。
ここで大切なのは、ぼんやりでも「思い続けること」なのかもしれない。思い続けていれば、とくに意識していなくても布石は敷いていたりするものである。そしてここぞ、という時に仕掛け(スパート)ればいいのである。・・こんなところだろうか?
6月7日
ダービーはアドマイヤベガ(通称・ヤベガ)が勝つ。最近のダービー馬としてはかなり後ろのスタートポジションだったが、そこは武豊の作戦だったか、実に巧みな騎乗だった。流石である。母のベガは僕にとって馴染み深い馬だったので、ちょっと嬉しかったりする。応援していたもう1頭、テイエムオペラオーは3着だった。(え、ペインテドブラックは?聞かないでくれ〜。)究極の仕上げと見受けたが・・上位3頭に差はなかっただけに、秋が楽しみである。
話は替わって、昨夜部屋のあまりの散らかりようにヘタっていたところ、goki君よりTEL。「どうしたらマシになるかねえ?」という僕の問いに、「どうにかしたい、と本気で思えれば出来てるさ」と答えてくれた。加えて、「『そのうち女の子でも遊びに来ることがひょっとして有るかも知れないから、早めに片付けておこう』と仮定してみたら、意地でも片付けるんじゃない?」とも御助言。かくして、多少マシに片付いた(一応。)のである・・・いやあ〜、俺は女に弱い(^^;なんだかなあ。
6月6日
昨日、goki君+彼のダーリンと大阪で食事をした後、京都まで電車で向かい彼女に見送られ四条の街へ。携帯電話の買換えのための検討を加入している電話会社の正規代理店でしたあとCDを物色し、コーヒーを飲んでから夕食にする。
食べ、飲みながら例によっていろんな話しをしたわけだが、僕の感じている他人からの疎外感や、不安について話したとき、「よりよいイメージを浮かべることが大切なんだ」と彼は答えてくれた。・・・心のなかで「そうしたい」と思うイメージを力みなくすんなり出すことが出来れば、それは実現してゆく方向へ向かっている・・(逆を言えば、そこでそのイメージがすんなり出せないという場合は、まだ自分のなかに迷いがあって、結論を出す時期でない、ということらしい)ということである。
彼はこうも言った。「ぶっちゃけた話、例えば好きな人がいたとしたら、その人と遊びに行ったり、極端な話×××してるシーンの絵がすんなり出てこないようじゃ、ダメでしょ?」う〜む。
6月5日
眠い。いつもの土曜日の常で、2時過ぎまで起きていたのに8時過ぎには大音量の「すずらん」で起こされる始末。まあよいのだが・・・昨日はバイトの人から相談を受けて、店で話していた。仕事上の人間関係について分からなくなってきている、
みたいな旨を話してくれたので、「人を信じ切れない不安に苛まれているのが原因でみんな気まずくなっているんだろうし、信じてあげるしかないんじゃないか?」と言う話しをした。まあ僕のほうも大分いろんなことを話したのでかなり気が紛れたし良かったかな〜などと思う。なんか奥井亜紀唄ってたしな〜、俺。
ともかくいろいろ問題は有るし、やることも山積しているがうまくやろう。まずはHPの更新かなあ〜。
今日はgoki君と電気街に行く予定。楽しみである。
6月4日
唐突だが、今日は虫歯予防デーである。小学校の頃、昼休みを潰して歯磨き講習とかやったもんである。なんだかなあ・・とおもいつつ磨いていたのを思い出す。
それはどうでもいいのだが、昨夜自転車のワイヤーキーを変速ユニットに引っ掛けて、ユニットが不動になってしまった。今朝近くの自転車店にもってゆくが「部品がないからね〜」とそっけない。「今日足がない」とこっちがいってるんだから、応急処置位してくれればいいのに!と思う。まあ時間もないので今日は家人に駅まで送ってもらい、明日どうにかすることにする。駅前までゆけば部品のストックを多く抱えている店があるので、そこでならなんとかなるはずだ。
まあ個人的にはそんなところだが、今夜はNHKの「トップランナー」のゲストが矢口史靖(「ひみつの花園」の監督)である。これは必見だ(ちなみに昨夜は「アフリカの夜」がナイターで遅れてたので「魔女の条件」を観ていた。が知人が良く似た恋愛をしていたこともあり食傷ぎみ?なのと、タッキーの臭みのある演技に嫌気がさしたために、3分と持たなかった・・・うう。)
6月3日
きょうも暑い。まるで梅雨明けの様相である。折り返し"SWITCH"を持ってきたこともあり、重いカバンと併せての二重苦。ともかく、事務所に無事着いたのでよしとする。
ところで例によって話題を変えるが(^^;、宇多田ヒカルの声の掠れ方が藤圭子にそっくりだとはしゃいでいた学者の話が雑誌に載っていたのをふと思い出す。(別の記事で宇多田ヒカルが自分の掠れ声について「普通に唄ったらかすれてしまう〜」と言ってたのでやはり遺伝なんだろう)でも坂本美雨の声が矢野顕子そっくりだということに気付いている人は少なそうだ。おまけにちょっと嬉しかったりするのは僕くらいか・・・ちなみに我が家においては、僕は地声が父そっくりだが、妹は母に似ていると言うわけでもない。不思議ですねえ、遺伝って。
6月2日
暑い。夏のようである。あまりの暑さに頭が働かず、行きしなに寄った本屋で忘れ物をしてしまい、いったん事務所に来たもののまた取りに行く羽目に。こういうときはカバンに入れておくに限る。(実は4日程前に、買ったばかりの回数券もなくしている。うう)手に持ったままとか、ズボンの後ろのポケットとかに入れておくのは得てして落としてしまいがちである。
で、その本屋で「読み用」とプレゼント用に"SWITCH"を2冊買い足したのだが、実は買い足すか加藤あいのフォト+エッセイを買おうか迷って前者にした経緯があったりする。また遠のく「なないろの愛」・・・購入はいつに?
6月1日
昨日は急遽入った仕事を急いで済ませてから、京都でgoki君と会う。彼の身の回りでもいろんなことが有ったようで滅入っていた様子だったが、いろいろ話しているうちに物事の整理が付いて、かつ想いとして感じるものがあったようでほっとしている。
愛情において、大切なのは意味的に理解すると言うことではなく人から受けた想いを感じることができるか否かにかかっていると思う。いままで彼にはそれを感じうるために必要な手駒は揃っていたが、どうすべきかしあぐねていた様な気がする。・・・まあ大きなヤマは越えたので、友人としては一安心といったところである。
話はいきなり変わる(←例によって)が、昨日書店で"SWITCH"の今月号が深津絵里特集であることを発見し、買う。家に帰って読むが、「半神」についてのインタビューを中心に、「踊る〜」、(ハル)などの時に演技者として感じたエピソードだけでなく、僕が彼女を知るきっかけになった樹木希林との共演ドラマ(NHK)の時の話もあり、大変興味深かった。文章も全体的に叙情詩のようにまとめられていて、やや難解な面があるものの素敵な感じで良かったと思う。ちなみにアートな写真も(若干怖いが)○だった。「半神」の舞台を観た方は、特に必見です!(まあみなさん既に持ってそうだが・・・)
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